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天然真珠にまつわる逸話

伝説の天然真珠ネックレスとカルティエ

1917年、ニューヨークのカルティエに、世界最高級の天然真珠を使用した2本のネックレスがショーケースに飾られました。
短い方は55個、長い方は73個、合計128個もの巨大な南洋真珠が連なるそのダブルストランドのネックレス。
その価格は当時の100万ドル(約1億1,145万円)という驚異的なものでした。

当時はまだ養殖真珠が存在せず、天然の大粒真珠を揃え、完璧なグラデーションを作ることは非常に困難でした。
まさに、時間と莫大な資金をかけた唯一無二のジュエリーだったのです。

──真珠と不動産の驚きの交換

この芸術的なネックレスに魅了されたのが、ニューヨーク五番街に豪邸を構えていたモートン・F・プラント夫人でした。
彼女はなんと、自ら所有する五番街の2棟のビルと引き換えに、このネックレスを手に入れたのです。
その豪邸は、当時1,200,000ドルの価値があったとされ、今の貨幣価値で換算しても約1億円以上。
建物2棟と引き換えに真珠のネックレスを手に入れるとは、まさに珠玉の逸話です。

──養殖真珠の登場と価値の変化

しかし、プラント夫人がこのネックレスを手に入れてからわずか数年後の1916年、日本の御木本幸吉が養殖真珠を発表。
その美しさと手に入りやすさが瞬く間に世界中で評価され、天然真珠の価格は急落してしまいました。
夫人はその後、モートン・F・プラント氏と死別し再婚。そしてかつて1億円の価値があったネックレスを、151,000ドル(現在の価値で約1,700万円)で売却することとなったのです。

──現代における真珠の価値

かつては1グラムの天然真珠が、320グラムの純金と交換できるほどの希少価値を誇っていました。
しかし、養殖技術の進化により、現在では真珠はより身近なものになっています。
それでも、完璧な形と輝きを持つ真珠は今なお高級品。天然真珠はもちろん、最高品質の養殖真珠もまた、時代を超えて愛され続けるジュエリーのひとつです。
ニューヨーク五番街に今もそびえ立つカルティエ本店。かつてのプラント邸であり、あの伝説の取引が行われた場所。そこには今も、真珠にまつわるロマンが静かに息づいています。

日本に伝わる真珠の歴史

日本における真珠の歴史は古く、『魏志倭人伝』には邪馬台国の真珠に関する記述が残されています。
さらに、『古事記』『日本書紀』『万葉集』にも真珠を示す言葉が登場します。
「シラタマ」「マタマ」はアコヤ真珠を、「アハビタマ」はアワビ真珠を指していたと考えられます。
当時の真珠は、海女(あま)が海中から採取する天然のもので、特権階級だけが持つことを許された貴重な宝でした。
日本は、中国へ真珠を献上し、代わりに絹を受け取るなど、交易にも利用されていたのです。

──世界で愛された天然真珠

日本だけでなく、世界各地でも古くから真珠は宝飾品として愛されていました。
セイロン島(現在のスリランカ)、ペルシア湾、紅海などで採取された真珠は、中国、エジプト、キルギスなどさまざまな地域へと運ばれました。
日本においても、真珠は装飾品としてだけでなく、仏像の宝冠や寺院への供物として使用されていました。正倉院には、真珠で装飾された刀や念珠が収められており、大仏殿や太安万侶(おおのやすまろ)の墓からも、真珠を用いた遺物が出土しています。

──真珠と信仰

日本の神話においても、真珠には特別な力が宿ると考えられていました。
「玉の緒」として人の命を表し、「魂」「霊」を「たま」と発音することから、真珠もまた神秘的な霊力を持つ宝とされていたのです。
奈良時代の宝物として、正倉院には4,158個もの真珠が極めて良い保存状態で伝承されています。これらの真珠は、主に日本産のアコヤ真珠やアワビ真珠とされていますが、正倉院がシルクロードの終着点であったことを考えると、ペルシャ湾産やセイロン産の真珠が含まれている可能性もあるのかもしれません。
時代を超えて、真珠は美と神秘の象徴であり続けています。その魅力は、今もなお世界中の人々を魅了し続けているのです。






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